2019年10月15日
フォスフォレッセンス
「まあ、綺麗。お前、そのまま王子様のところへでもお嫁に行けるよ。」
「あら、お母さん、それは夢よ。」
この二人の会話に於いて、一体どちらが夢想家で、どちらが現実家なのであろうか。
こんな書き出しで始まる短編小説がある。
最初の母親のセリフが夢想家で、直後の娘のセリフが現実家ではないか、というのが一般的な印象ではなかろうか。
しかし、小説の中で作者はこう述べる。
しかし、母は実際のところは、その夢の可能性をみじんも信じてないからこそ、そのような夢想をやすやすと言えるのであって、かえってそれをあわてて否定する娘のほうが、もしや、という期待を持って、そうしてあわてて否定しているもののように思われる。
夢と現実の境界。
善と悪の定義。
色んな物事が交錯して、一体何が真実なのか。
共感できそうで、よく意味がわからない。
わからないようで、何となく面白みがある。
そんな不思議な短編だった。
太宰治の「フォスフォレッセンス」
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